【インタビュー】水処理最大手「栗田工業」×AIスタートアップ「Fracta Leap」 AIを活用した水処理インフラのDX「メタ・アクアプロジェクト」

Fracta Leap株式会社 代表取締役 北林康弘氏(左)、同社CTO 羽鳥修平氏(右)。栗田工業株式会社 本社にて。

河川水や地下水から不純物を取り除き、生活用水や工業用水として利用できる状態にし、利用後はリサイクル、もしくは自然環境への負荷が少ない状態に戻す水処理。

この産業用水処理分野の国内最大手である栗田工業株式会社と、国内外で水道の老朽化問題をAI技術で解決してきた米国スタートアップのFractaは、2020年に水処理のデジタル変革を目指す「メタ・アクアプロジェクト」を共同で発足。併せてFractaは、同プロジェクトを推進し、水処理向けデジタル技術開発を専業とするFracta Leap株式会社を設立しました。

両社の技術やノウハウを融合しながら進めているこのプロジェクトは、発足後わずか1年たらずで水処理プロセスの中でも電力消費量の占める割合が高いRO膜装置を対象に、AI技術を活用することで運転操作を最適化し、運転コストとCO2排出量を同時に大幅に削減できるソリューションを開発するといった成果をあげています。

そこで今回は、同プロジェクトに携わる栗田工業株式会社 デジタル戦略本部 副本部長 水野誠氏と、Fracta Leap株式会社 代表取締役 北林康弘氏、同 CTO(最高技術責任者) 羽鳥修平氏に、「メタ・アクアプロジェクト」の内容やその取組みの背景について伺いました。

変革への想いが二社を結ぶ

栗田工業株式会社 デジタル戦略本部 副本部長 水野誠氏
水野氏:
栗田工業は1949年の創業以来、約70年間一貫して「水と環境」の分野で事業を展開し成長を続けてきましたが、現在のビジネスモデルが10年後も正しいとは限りません。しかし「現在のビジネスモデルはもう正しくないかもしれない」と気づいてから対応するようでは遅いので、今から未来を見据えて既存のビジネスモデルからの脱却も視野に入れつつ、既存のビジネスモデルを強化する必要があります。

これまでにも弊社では事業本部ごとにITによる業務効率化を行ってきましたが、それを積み上げていったとしても「改善」にしかなりません。そうではなくて栗田工業のバリューチェーンやサプライチェーン全体が個々のお客様の要求に柔軟かつスピーディに応じられるよう「変革」しなければなりません。またこれまでのように社内からの要望に対して応える「受け身」の部署ではなく、経営とビジネスの観点を持って「攻めの姿勢」で取り組む、DX専門の横串組織として2020年4月に「デジタル戦略本部」を設立しました。

また既存のビジネスモデルを変容するために社内だけでDXに取り組んだ場合、それは現状の延長線にしかならない可能性もあります。そこでAIなどの先進的な技術や知見を取り入れるため、「水×データサイエンス」の領域でビジネスを展開しており、データサイエンスのプロであるFractaと、水処理というフィールドで協業したいと考えました。
北林氏:
Fractaは2018年の資金調達当時、調達先は「資金・事業面だけでなく『相性(ケミストリー)』が重要だ」と考えていました。これは単に事業シナジーだけでなく、CEOの加藤をはじめ創業者が創ったFractaのカルチャーをよくご理解いただき、その上で一緒に社会インフラの変革を追求してくれるパートナーを探していたということです。実は調達先の最終候補は複数あったのですが、その中でも一番意思決定がスピーディで、我々のカルチャー・考え方に最も呼応してくださったのが栗田工業でした。

特に当時の栗田工業の経営陣、門田社長・飯岡会長・伊藤専務の「目先の利益ではなく、将来を見据えてクリタはどういう会社であるべきか」を本気で考える思いの強さに痺れ、「クリタとであれば、水の産業を本当に変えられる」と熱くなったことを覚えています。

その後、2019年の秋に水処理領域での協業をご相談することになり、それが今の「メタ・アクアプロジェクト」に繋がっています。
日経ビジネス「世界制覇へ、栗田工業と「サムライ連合」結成!」に当時の経緯が掲載

デジタル改善ではなくデジタル変革

北林氏:
現在「メタ・アクアプロジェクト」では、水処理プラントの抜本的な生産性向上を目指し、AI・IoT製品の開発として、
  1. ① 設計・工事計画(EPC)の最適化・自動化
  2. ② 運転管理・制御(O&M)の最適化
  3. ③ IoTセンサーシステムなどを活用したデータ取得ソリューション
などに取り組んでいます。 設計(EPC)の領域では、かねてより「熟練の設計者の技術・ノウハウを、いかに次世代や、海外の現地設計者に引き継ぐか」という課題がありました。これは事業継続上の問題であると同時に、事業拡大時には、設計者のリソースがボトルネックになってしまうという問題にもなります。
そこで、AIアルゴリズムがプラントの設計図を高速かつ自動で作成・提示し、それに対して設計者やお客様が判断・修正を加えるというアプローチへ変えることで、このボトルネックを解消しようとしているのです。

また、運転管理(O&M)の領域では、長年蓄積されているハードウェアとオペレーションの技術にAIなどのデジタル技術を掛け合わせることで、より大きな「伸びしろ」を追求できると考えました。その結果として具現化した例が、「水処理AI最適運転」のソリューションです(下図)。
こちらは、AIによる最適制御で運転コスト及び電力消費量(≒CO2排出量)を大幅に抑制するものです。これはRO膜を対象にしたものですが、他の水処理装置への展開も着々と進めています。
RO膜装置を対象とした水処理AI最適運転の概要【出典】プレスリリース「「水処理AI最適運転」が環境省の脱炭素社会の実現に向けた実証事業に採択」
羽鳥氏:
これまで水処理インフラの領域で課題となっていたことに「人の能力の限界が、設備の限界を決めてしまっていたこと」があります。機械は24時間稼働できても、人は24時間稼働できないので、人が現実的に対応できる範囲に設備の稼働までもが制限されていたのです。そうした人の能力によって制約されていた部分をAIやIoTによって高度化・効率化することで、インフラシステム全体の生産性をアップデートしていこうと考えています。
北林氏:
このように水処理インフラでのデジタル活用が進めば、今度はそれに耐えうるハードウェアに入れ替えたり、デジタル技術を運用できるように人のリテラシーも高めたりする必要があります。すなわち、ソフトウェア要素だけでなく、ハードウェア、オペレーション、人といった全ての要素を抜本的にリデザインしなければDXは完結しません。
「メタ・アクアプロジェクト」が目指しているのは、ちょっとした業務改善などではなく、そこまで視座を高めたデジタル技術をコアとした産業変革なのです。

メタ・アクアプロジェクトに見るDX推進4つのポイント

Fracta Leap株式会社 代表取締役 北林康弘氏

①柔軟な組織運営

水野氏:
弊社では最初に約10名のメンバーを選出しましたが、社内でも前例がないプロジェクトですので、どの人材がベストなのか進めていかなければ分かりません。そのため「このメンバーがいれば少なくともなんとかなるだろう」という必要最小限のメンバーでスタートし、徐々に増やしたり、入れ替えたりしていきました。

メンバーの増やし方も最初は「試しに参加してみて」とこちらからお願いして誘っていましたが、プロジェクトが社内で認知されるようになってからは「興味があります」と社員の方から私に声をかけてくれる場合もあり、現在では30名以上が関わっています。
北林氏:
開発したソリューションの中には、従来の水処理の常識からは考えられない施策もあります。そういった施策は、データ活用を突き詰める中で新たに発明されたものです。このように、デジタル技術を用いれば今まで出来なかったことが出来るようになり、それがお客様を含めて皆さんからも期待を寄せていただくようになって、栗田社内のプロジェクトへの意識も大きく変わってきたように思います。

②自由な発想とそれを社内に浸透させる存在

北林氏:
栗田工業では、Fractaとの資本業務提携や本プロジェクトの目的の一つとして「異分子を取り入れ、新しい風を持ち込むこと」が位置づけられているため、Fracta Leapの技術者たちにも自由に大胆にチャレンジすることが推奨されています。

ただ、資本関係はあるものの、もともとは別会社ですから、栗田工業の各部門とそうしたFracta Leapの考え方が十分に擦り合わないことも往々にしてあります。そうしたときには、プロジェクトリーダーである水野さんやプロジェクトメンバーの方々が、相互理解を醸成してくださったり、広報の方が全社にプロジェクトの目的や成果を伝えてくださったりと、皆さんに「目線合わせ」のご尽力をいただいて、うまく回っているのが実態です。

③衝突を恐れない姿勢

羽鳥氏:
インフラ企業でDXを進める際に、データサイエンティストだけで解決できる課題は限られています。そこでプラントで行われているオペレーションやノウハウ、お客様の課題など実務が分かる栗田工業の社員の方とともに実際に装置に触れて、装置を理解し、議論し続けることで、プロセス全体の変革につながると思います。

情報の蓄積や維持には全てコストがかかりますから、そのデータが何のために必要なのか目的を明確にし、過不足なくデータを取得することが大切です。そのためにはひたすら仮説を立てて、根気強く必要なデータを見つけていかなければなりません。その際、カルチャーや物事を決めるプロセスなどで摩擦が起きることもありますが、私はその方が健全だと思っています。ぶつかってズレを認識することで新たに見えてくることもあるからです。だからこそ私たちも根気強くすり合わせを続けてきました。

④会社のビジョンを描き、DX推進を牽引するリーダー

羽鳥氏:
円滑にDXを進めるためには、現場だけが盛り上がるのではなく、「変わらなければいけない」と常に誰かが言い続けている組織であることが大切です。「メタ・アクアプロジェクト」でも門田社長はじめ経営陣の方々や水野さんが「とにかくやりなさい」と舵取りをしてくれなければスムーズに進まなかったでしょう。
北林氏:
特にインフラ企業の場合は良くも悪くも「変わらないこと」が正しいとされている業界ですので、社内からは「なぜ変わらなくてはいけないのか」という意見も出てきます。さらにいえば、DX全般にいえる話として、DXの取組みは前例がなく失敗しやすいですし、必ずしもすぐに効果が出るものばかりではありません。

「つまずき要因」が山積する中でも、失敗すらも組織学習の一環として前向きに捉え、「それでも、将来を見据えて今からやるべきだよね」と行動したり、後ろ盾になってくれたりする人たちがいるかどうかが、本当の意味でDXの成否を分ける重要なポイントだと思います。

その意味では、門田社長の直轄組織として進められている点もこのプロジェクトの重要な長所です。私の経験上も、これだけ大きな上場会社で新規プロジェクトを社長自ら推進するケースはなかなかありません。栗田工業は、経営層のDXへの向き合い方・視座からしてまったく違うんです。

「今できないこと」への挑戦

Fracta Leap株式会社 CTO 羽鳥修平氏
水野氏:
数年後には任期の終わりを迎えるであろう経営陣が、今後もまだしばらく会社で生きていく私たちの世代よりも、現在のビジネスモデルに危機感や不安感を持っています。本来であれば、まだまだこの会社で生きていく世代こそ考えなければならないものです。

DXのようにすぐに成果が見えないプロジェクトに対してはどうしても不安が生まれますし、不安があると「もうやめよう」と言いたくなってしまうものです。その点、このプロジェクトでは経営層が後ろ盾になってくれていますので、不安は和らぎます。
北林氏:
そうした「怖さ」については、2019年末のプロジェクト立上げ時にも、門田社長はじめ栗田工業の経営層の方々としっかりとお話をしました。

人は「怖さ」を感じると、リスクをとらずに「今できること」「失敗しても怖くないこと」、すなわち「本質的でない小さな課題」にばかり取り組むようになってしまいます。その「怖さ」を最初に払しょくするのが経営層やリーダーの役割です。そのうちに、メンバーの誰かが勇気を持って踏み出し始めるようになり、周りにも「あの人がやっているなら私も」とその姿勢が徐々に伝播していくものだと思っています。
そうした懸念や対策について、当初から経営層と共通の理解があったおかげで、プロジェクトが良い方向に進んできたといえるでしょう。
羽鳥氏:
実際に2020年は「こんなに成果が出ないのは初めてだ……」と思いながら仕事をしていて、苦しい時期もありました。しかしそこで「今できること」と「今できないこと」の両方に挑戦できたことは大きかったと思います。経営陣の方々に不確実性や失敗を許容していただき、「今できないことも、今後を見据えてやっていこう」と意思決定がされていたので、私たちも選択肢を広く持てましたから。

2022年からは海外展開も。メタ・アクアプロジェクトのこれから

栗田工業株式会社 本社エントランス
水野氏:
デジタル技術の発展や社会環境の変化が激しい今、現時点でプロジェクトの精緻な将来像を描くことは、個人的にはあまり意味がないと考えています。ただしこの業界はデータサイエンティストを育成してきた事例はほとんどないですし、データ活用も進んでいないため、「メタ・アクアプロジェクト」としてやるべきことはたくさんあると思います。マイルストーンを描きながら進めていくうちに「今できること」や「今できないこと」に対するアイディアも出てくるでしょう。そうしてDXに取組み続けることで、栗田工業のお客様の課題を解決し、社会に貢献していければと考えています。
北林氏:
初年度の2020年は「技術開発」、2021年は「製品化」に取り組んできました。そして、2022年はオペレーションでの「実用化」やお客様に提供する「事業化」を目指しています。この段階まで来ると、現在のプロジェクトメンバーだけでは実現できないので、事業サイドの方々ともさらに連携をしていくことになります。また、栗田工業は、事業の4割を海外で展開しているので、来年以降は海外での取組みも加速させていくつもりです。
羽鳥氏:
技術面でいえば、水処理に関する海外の論文を見ていると未成熟な部分がたくさんあり、そこに「メタ・アクアプロジェクト」の活路を見出しています。ぜひ水処理領域のデータサイエンスで世界のトップランナーになりたいですね。
取材・文=鈴木 雅矩
1986年生まれのライター。過去に400件以上の取材記事を執筆し、近年はスタートアップやテクノロジーなど、ビジネス領域を中心に活動中。著書に『京都の小商い〜就職しない生き方ガイド〜(三栄書房)』。
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