【インタビュー】メディア美学者 武邑光裕氏~プライバシーを考慮してサービス開発する「プライバシー・バイ・デザイン」の時代へ
AppleがiPhoneを発表したのは2007年のこと。当時小学生だった子どもたちは、スマートフォンが日常的に使われる社会で育ってきました。彼らのように1996年以降に生まれた世代をZ世代と呼びます。幼いころから日常的にスマートフォンに触れてきたZ世代は、スマートフォン上の無料アプリを利用する際、自分の趣味嗜好や位置情報といったプライバシーを提供することにさほど抵抗がありません。
しかしだからといってサービス提供者が彼ら利用者のプライバシーをないがしろにして良いというわけではありません。むしろこれからの時代は、利用者のプライバシーを考慮した上で製品やサービスを開発していく必要があります。
そこで今回は、ドイツ・ベルリンを拠点に数々のサービスの誕生を見つめてきたメディア美学者の武邑光裕氏に、製品やサービスの企画・開発段階からプライバシーを考慮してものづくりを行う「プライバシー・バイ・デザイン」の考え方について話を聞きました。
プライバシーを活用したサービスへの理解はITリテラシー教育から
ドイツがすごいなと思うのは、NPOや政府、民間団体によって市民向けのワークショップが毎週のように細かい地区ごとに催されるなど、徹底的な市民教育がされていることです。テーマは「スマートフォンやパソコンといった端末の使い方」から「スマートフォンを利用する際に、プライバシーやセキュリティに関してどんなリスクがあるのか」まで多岐にわたります。
参加する年代も、若者から高齢者まで幅広い年齢層の人々が参加し、共通のテーマで意見を交わしています。スマートフォンやパソコンなどの端末はもはや現代生活で欠かせない必需品ですが、どうしても若い世代と高齢者とではリテラシーに違いが生じるものです。
生涯教育という言葉がありますが、「学ぶことは人生を豊かにする」という意識が国全体に根付いているドイツには、そうした世代間のリテラシーの差をできるだけ埋め、時代に取り残される人をなるべく少なくしていくための手厚い仕組みがあります。こうした文化や仕組みが日本にも根付いていけば、プライバシーへの理解は一気に進んでいくのではないでしょうか。
プライバシー活用により社会の変容を促した「ヴァールオーマット」
日本で選挙運動と言えば、選挙カーに乗った候補者やウグイス嬢が拡声器を使って大音量で演説を行う光景が当たり前ですが、ドイツではああいった光景はまず見かけません。
ではどうやって選挙活動を行っているのかというと、「ヴァールオーマット」という投票支援ツールを使って選挙運動を行っているのです。このツールは20代の大学生たちがボランティアで各政党のマニフェストを集めて精査し、平均的な質問を考えて、選挙の1~2週間くらい前に公開しているものです。
有権者たちが投票前にこのツール上で約40問ほどのアンケートに答えていくと、自動的に自分に適した政党や候補者を表示してくれます。とても合理的な仕組みですが、すごく市民を信じているからこそできることです。
こうした投票支援ツールはEU各国で開発されて使われており、ドイツでは人口の約20%、オランダのアムステルダムに至っては人口の約70%がこのツールを使って投票の判断を行っています。70%というと、赤ちゃんなどを除けば投票権を持つ人ほぼ全員が使っているともいえます。さらにこの仕組みによってZ世代の投票率が一気に上がるなど、若者の政治参画を促すことにもつながっています。
この「ヴァールオーマット」は、ドイツの国民的な人気キャスターが自身のTV番組内で「これを使えばこのように役立ちますよ」と非常に分かりやすくプレゼンテーションを行ったことで一気に認知度が高まった経緯があります。
その後、選挙の度にアクセス数が増え、2017年の連邦選挙では1,570万人もの人々が利用しました。約8,300万人のドイツ人口および人口ピラミッドにおける有権者の比率を考えれば、かなり高い普及率だといえるでしょう。
プライバシーを積極的に活用するZ世代
レガシー世代がプライバシーに透明性やオープン性を求める一方で、物心ついたときからパソコンやスマートフォンなどの情報端末が身近にあり、さまざまなデジタルコンテンツに慣れ親しんできたデジタルネイティブであるZ世代は、既成概念にとらわれずに、比較的柔軟にプライバシーと向き合い、それを積極的に活用していこうという考えを持っています。
極端な話、プライバシーをもっとオープンにして透明性と責任が担保されれば、もっと公開していくべきだと思います。プライバシーは機密と異なり、自分自身を世界に公開する権利でもあります。そういう観点からみるとZ世代は柔軟な公開原理を持っている人たちが多いように思いますね。
2019年には世界の人口におけるZ世代の割合は32%に達しており、今後、あらゆる消費の中心となると同時に、意見の集合体としても主流となっていくでしょう。
これからの日本に求められる「プライバシー・バイ・デザイン」
これからの日本では、製品やサービスを作る際に、企画や開発段階からプライバシーを考慮したデザインや機能を組み込んでいく「プライバシー・バイ・デザイン」という考え方が極めて重要になっていくでしょう。
これはGDPRというEUにおけるプライバシー保護の中心概念でもある考え方ですから、こうした考えなしに日本発の製品や技術、サービスを世界に発信しようと思っても世界市場は受け入れてはくれないでしょう。日本は今から取り組んでも遅いくらいです。先行投資として早急に取り組むべき課題だと思いますね。
またこれは民間が創出する製品やサービスだけでなく、官民一体のサービス創出においても同様のことが言えます。今後パンデミックが終息し、再びインバウンド需要が高まっていく中で、この「プライバシー・バイ・デザイン」は最重要課題となっていくでしょう。「プライバシーは避けて通るもの」と目を背けることなく、もっと積極的にかつ早急にプライバシーについて議論し、「プライバシー・バイ・デザイン」をベースにしたサービス創出を目指してほしいと心から願っています。
メディア美学者。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。1980年代よりメディア論を講じ、現代のソーシャルメディアからAIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたてーデジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)、『さよならインターネット ―GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)、『プライバシー・パラドックス』(黒鳥社)など。
システムエンジニアとして設計・開発業務に携わった後、テクニカルライターとしてIT系の記事執筆を開始。豊富な取材経験を活かし、近年は経営者や研究者などのキーパーソンインタビュー記事を数多く手がける。
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