【インタビュー】ブルーイノベーション×都産技研〜技術連携で実現したインフラ施設の自動点検システム

左:ブルーイノベーション株式会社 常務取締役 兼 COO 那須隆志氏と右:地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター 開発本部 情報システム技術部 ロボット技術グループ 中村佳雅氏

近年、様々な現場で活用されているIoT技術。その活用方法のひとつに自動モニタリングがあります。以前は目視で行われていた製造業のライン管理やインフラ設備の定期点検などは、今や機械の目が担う時代になり始めています。

そんな中、ブルーイノベーション株式会社は、地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター(以下、都産技研)と技術連携し、バーチャル化した工場などの施設内を巡回・点検できる「360°実写VRマップ自動生成・更新システム」を共同開発しました。

このシステムは、360°カメラを搭載した自動走行ロボット(AGV)が、移動しながら施設内の設備や機器を自動撮影し、デバイス統合プラットフォーム「Blue Earth Platform」上で施設内部を実写VR化。さらにそれを繰り返すたびに点検箇所のVR内の画像を自動更新するというものです。また撮影した大容量データを高速転送できるよう、5G通信にも対応しています。

本記事では、プロダクトを開発したブルーイノベーション株式会社 常務取締役兼COO 那須隆志氏と、都産技研 開発本部 情報システム技術部 ロボット技術グループ中村佳雅氏に、共同開発に至った経緯や、いかに技術連携を進め、システム開発を実現したのか伺いました。

開発のきっかけは施設点検の現場で発生していた多大な時間とコストの削減

那須氏:
今回のプロジェクトを始めたきっかけは、とある発電所から「点検を自動化したい」という相談をいただいたことでした。一般的に発電所はとても広く、計器や設備の巡視に多大な時間とコストがかかります。弊社が相談を受けたその発電所では複数の巡視員が毎日数時間かけて施設内を回っていました。これはこのプロセス自体が安全に発電所を運営するためには必須であるためです。

また点検時に現場では、紙に書かれた表を使って点検を進めていました。このようにデータがデジタル化されていない現場も多く、点検現場はデータの分析や利活用が難しい状態です。機器の温度も人が触って温度を確認するなどといった方法をとっており、巡視員により点検品質も異なっていました。そのため点検品質の統一化や、さらにはそうした技術の継承、人材育成にも課題がありました。

弊社は1999年の創業以来、ドローンを用いた設備点検サービスや自動走行ロボット(AGV)を用いた倉庫内自動棚卸ソリューションなど、施設のスマート化を支援してきました。このノウハウを活かせば発電所の点検自動化も可能だと考えたのです。
ブルーイノベーションと都産技研が共同開発した「360°実写VR マップ自動生成・更新システム」で用いられる自動走行ロボット(AGV)

巡回を安全に進めるためAGVに着目、取得データをVRマップに自動更新するシステムを開発

那須氏:
プロジェクトを始めるにあたり、最初に考えたソリューションはドローンによる点検です。しかし、施設内は広くバッテリーがもちませんし、もし設備に触れてしまえば事故につながりかねません。弊社はもともとドローンを活用したソリューションがメインでしたが、「お客様の課題を解決する」という原点、つまり、いかに効率的かつ確実に、しかも安全に巡回点検ができるか?に立ち戻って検討した結果、AGVを活用した点検ソリューションの開発という答えに辿り着きました。

まず、AGVに360°カメラと5G端末を積み、巡視すべき機器のメーターや設備の状態を撮影するハードウェアとデータベースの開発に取り組みました。これまでにも360°ビューワーや3Dモデリングを用いたソリューションはありましたが、マップの作成から巡回、撮影までをすべて自動でできるものではなく、それらのデータやマップを使うために、かえって人手がかかる場合もありました。

しかし今回開発したシステムでは、AGVが位置情報を記録しながら自動で施設内を巡回し、施設のVRマップを作成します。そしてそのVRマップ内に、該当設備のメーターや状態を撮影した画像を自動的にアップロードするようにしています。これによりマップの作成から巡回、撮影までをすべて自動でできるようになりました。

このシステムは横展開しやすく、発電所の周辺施設の点検や見回りのほか、たとえば製造業の工場における計器の数値計測、倉庫の在庫状況の監視、小売店の陳列状況の確認など、様々な業界や施設での活用が考えられます。今後はさまざまな施設に広く提供する予定です。
AGVが自動取得した動画から生成された360°実写VRマップイメージ。クリックで点検対象機器などの画像も表示。【出典】ブルーイノベーション株式会社 プレスリリース

都産技研との共同開発が自動巡回システム実現の要

那須氏:
自動巡回システムの開発にあたり、力添えいただいたのが都産技研です。都産技研は都内の中小企業に対して産業技術に関する試験や研究、普及の支援を行う公設試験研究機関で、弊社とのお付き合いは2017年頃に始まりました。

今回のシステムでは360°の画像を撮影するため、大容量データを転送できる通信環境が求められます。そこでこの要件を満たす5G通信を使いたいと思っていました。しかし弊社のようなベンチャー企業には5Gの通信設備に投資するリソースがありません。そんな時に都産技研が5Gを用いた公募型共同研究を募集していることを知り、応募しました。
中村氏:
今回の公募型共同研究は、都産技研から企業へ1年間の研究開発を委託し、委託費として最大5000万円の研究開発費を提供します。また補助金や助成金のような資金提供だけではなく、都産技研が保有する技術の活用や、施設・設備の利用もできます。都産技研は5G通信設備も保有していますし、車輪型移動台車の知見もあるので、今回の開発で活用いただきました。

共同開発を円滑に進められた背景は「明確なゴール設定」

那須氏:
公募型共同研究の採択後は、2週間に一回都産技研に伺い、プロジェクトを進めてきました。

ブルーイノベーションからはロボット技術者とソフトウェアエンジニアが数名、都産技研からは担当者数名がプロジェクトに参加しています。都産技研は今回の開発に必要なロボティクスや5Gの専門家もおり、技術面で困った時にすぐに相談できるので、とても頼もしかったですね。

都産技研との共同開発はとてもスムーズに進みました。最先端技術の開発プロジェクトには、幅広い技術が必要で、必然的に様々な企業や団体が関わるケースが多くなります。だからこそ「これを作れたらきっと面白いよね」と、明確なゴールを共有できていることがプロジェクトの円滑な進行につながります。そのため今回の都産技研との共同研究では「バーチャル空間を活用して自動点検プロダクトを作ろう」と共通のゴールを設定しました。
中村氏:
いままで多数の企業と共同研究を進めてきましたが、今回のように目標が明確で、課題が共有できているプロジェクトほどうまく回る傾向にあります。逆に実現への道筋が描けてないケースや、開発中に課題が発生した際にすぐに私たちに課題を共有いただけなかったプロジェクトは期間内で終えられず、あまり上手く行かないことが多かったですね。

ブルーイノベーションはゴールを明確に設定していましたし、課題の重要度や優先度の判断も適切でした。さらに、2週間に1回都産技研に来られて、進捗具合や直面している課題を共有するなど、プロジェクトに対する姿勢が開発に好影響を与えてくれたと思います。
ブルーイノベーション株式会社 常務取締役 兼 COO 那須隆志氏

互いの得意分野の相乗効果による創出価値拡大

那須氏:
そのほかに良い影響を与えてくれた要素として、技術の棲み分けができていたことがありました。

弊社はクラウドシステムやロボットのセンサー技術に強いため、既成のAGVを利用して取得したデータを360°マップに加工したり、その中に点検データを埋め込んだり、ロボットとカメラの連携を制御したりする部分を担当しました。

対する都産技研はロボット制御のコアな領域に強く、ロボットを制御する上でのアルゴリズムの弱点の特定や、それを克服するための実験方法にアドバイスをいただくなど助力いただきました。またロボットの走行試験ができる環境や5G通信設備を提供していただいたことも大きかったです。

今回は民対官のパートナーシップでしたが、技術の棲み分けは民対民の場合にも求められる要素だと思います。得意領域が異なるメーカー同士など、上手く役割分担ができていれば価値の相乗効果が生まれるでしょう。
地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター 開発本部 情報システム技術部 ロボット技術グループ 中村佳雅氏

ニーズとシーズを掛け合わせ、より多くの課題解決を

那須氏:
このシステムは都産技研との共同開発のなかでブラッシュアップされ、すでに電力会社をはじめとした10社ほどの施設で実験を行っており、実働可能なプロダクトとして完成しました。そのため今後はプロダクトとして事業化してお客様に納めていくフェーズに入ります。

同様の自動巡回システムはドローンにも転用できますし、自動運転車などに搭載することも可能です。現地に行かずに遠方の様子が分かるので、国をまたいだリモート点検もできるようになるでしょう。

年々解決すべき課題は複雑化していますし、現場のニーズも一社では解決できないものが増えてきました。国内の企業ではオープンイノベーションのニーズも高まっています。それらの課題に対応するため、得意技術を持ち寄って開発を進めるケースはどんどん増えていくでしょう。

都産技研はとても深いシーズ技術を持っています。しかし基礎研究をそのまま現場に持ってきても現場のニーズには応えられません。ですから弊社のような民間企業の役割は、シーズ技術と現場のニーズをマッチングさせることだと思います。今回、共同開発を通して得た知見は、都産技研を通して他社にも共有されるでしょう。このような会社を超えたプロジェクトが増えていけば、日本の産業技術もより一層発展していくはずです。

今回プロダクトを共に生み出した都産技研にはすごく感謝していますし、今後も機会があればぜひ共同開発できればと考えています。
中村氏:
私たちとしても、今回都産技研が持つ技術でどこまで現場のニーズに応えられるのか、知ることができる良い機会になりました。今後も様々な企業との共同研究を通して、課題を解決していきたいですね。
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